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『身体のいいなり』 内澤旬子著

内澤旬子著
『身体のいいなり』

身もだえしながら読みました。

好きなおかずは最後までとっておく派のわたしは、面白い本にであうと身悶えしながら読みすすめるようです。
少し読んでは(食べては)パタンと閉じて、また開いて読んではあーー面白い(おいしい)と身悶えて・・・

『身体のいいなり』はそんな本でした。

人はいろいろな面をもっているものですが、わたしもその時々で複数の面を持っています。
★その中のいくつか★が、刺激を受けたもようです。

具体的にいうと、

★半病人状態
★腫瘍もち
★ヨガしてる
★インストラクターしてる
★読んだり書いたりするのが好き
★静かな情熱を燃やす人好き

です。

IMG_0738.jpg


まず
★半病人状態

この「半病人状態」という言葉は作品中に出てきた、内澤さんがご自身のことを表現されていた言葉です。


 生まれてからずっと、自分が百パーセント元気で健康だと思えたためしがなかった。
 胃酸過多、腰痛、アトピー性皮膚炎、ナゾの微熱、冷え性、むくみ、無排卵性月経など、「病気といえない病気」の不快感にずっとつきまとわれて来た。身体は動くし普通の生活はできるのだけど、どこかがだるくてつらい。特に三十歳を越してからそんな症状がどんどんきつくなっていった。

  ~はじめに~より




 なにをするにもすぐ疲れてしまう虚弱な身体を抱えている不安もあった。一晩でも徹夜をすれば、腰痛の予兆が来てさらに唇の周りが痒くなる。しかしこれにもまたはっきりとした「病気」というわけではないので、音をあげて休むわけにもいかない。多くもない仕事をさっさと仕上げられないことを、いつもだれかいに非難されているように思えてしかたがない。

 ~Ⅱそして、癌ができた~より




わたしがこれを読んだのは、ふらつき症状があり、以前のようには生活できない時期でした。
わたし自身が半病人状態だったからか、身につまされました。





 だるくて身体が動かなくても、そんなに簡単には死につながらないだろうから、ずっとこのまま、半分寝たきりの状態で生きていかねばならないのかもしれない。脚や背中のどこかを物理的に痛めて横臥しているわけではないのだから、周りからは怠けているように見えるし、理解もされないだろう。実際に配偶者は私が深刻な状態に陥っていることがいまいちわからないようだった。ぞっとした。

 ~Ⅲようこそ副作用~より



私の場合、洗い物がシンクにあるのに寝ているわたしを配偶者は理解してくれたし、友人もいろいろなやり方でヘルプしてくれて、その点辛くはなかったけれど(その節はありがとーーー)、それでも、周囲には見えなくて自分だけしか分からない症状があるということに孤独感・疎外感を感じたこともありました。

眩暈って、数分ぐるぐるした後治まるということもあるんですよね。
さっきまでグルグルしていたのに、数分後には治まっている。
この感じを他人に分かれといっても難しいでしょう。
実際、他の人と同席していた最中に眩暈が起きたことがあったのですが、そのとき一緒にいた人は私が眩暈を起こしていることにすら気づいていませんでした。

“自分にしか分からない状態”
“自分だけが分かる感覚”

でも、これって、なにも私だけの特別なことではなく、多くの人が日常的に感じていることでもあるんですよね。

私は老人センターに出張レッスンにいっているのですが、そこでは、そんな“自分にしか分からない違和感”を抱えて普通に生活されている方がたくさんいらっしゃいます。
片耳が聴きづらい、目が見えづらい、正坐やあぐらなど出来ない体勢がある、〇年前に手術をした違和感が残っている等々・・・・・・。

治療をしているわけではないけれど、慢性的な痛みや不便を抱えて生活している人。

ただ同情するわけでも気を使いすぎるわけでもなく、当たり前の思いやりを持ちながら、適度な距離感で接していけたらなと思っています。


★腫瘍持ち

そんな内澤さんが、初期の乳癌であると医師より告げられます。


 へーえ、癌だったのか。 
 二年前にパニックになったのが嘘のように、先生の話を淡々と聞いた。素晴らしく良い気分というわけではなかったが、心の底では深い解放感に包まれていた。とにかく、これでもうがんばらなくてもいいのだと思った。

 ~Ⅱそして、癌ができた~より




これについては、私の背景を抜きにすると話が通じないと思うのでここに書きますが、先日の入院のときに、私自身、咽頭の奥の方に腫瘍が見つかったんですね。
眩暈とはまったく関係なく、脳の検査のために撮ったMRIに映りこんでいた。たまたまの発覚です。
そんなタイミングで読んだ本でした。

上記引用に照らしていうと、
「とにかく、これでもう好きなことをしてもいいのだと思った。」
わたしの場合。

そう思った自分に衝撃を受けました。
好きなことしかしていないつもりだったので・・・。
なので、なぜそう思ったのかナゾでもありました。

ナゾを分析したところ、「やりたくないのにやっていることをやめたい」というより、「もっともっと、やりたいようにやりたい」ということだったのだと思います。
もっと思うようにやりたい!好きにしたい!わがままに生きたい!・・・・・子どもの感情が噴出ということですね。w

しばらく欲望にシンプルに生活していたら、 
制限をかけているのは、ほかでもない自分自身だということを知れーーーーー
と、わたしの中の私が吠えてくれました。w
この一件で「それはだれがやったことなの?だれが決めたことなの?――はい。全てわたしです。」ということが明確になり、いまはすっきりしています。

(私の腫瘍その後の話しですが、
良性か悪性か検査をするのがしづらい場所だそうで、定期的なMRIで経過観察しています。
10月の経過観察MRIでは、異常は見られませんでした。)


長くなったので、今日はここまでっ(^^)


















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いきいきとした人生を送るうえで
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1968年生まれ、大阪在住akemiが
日々感じたことを綴っております。

どうぞよろしくお願い申し上げます。